クリパルヨガ教師トレーニング(YTT)

Yoga of Life
クリパルヨガ関連ニュース

よくわかる!ちょこっとヨガ講座

よくわかる!ちょこっとヨガ講座

「クリパル・エクスプレス」Vol. 47(2010.3.15発行)より

前回は、ヨガをはじめとする精神修養の多くは、実践者を肉体的にも精神的にもギリギリの切羽詰まった瀬戸際の「エッジ」へ導き、盲目的に反発したり、抵抗したり、逃げたりする心の反応に気づかせ、その元になっているサンスカーラを取り除くことにあるという話をしました。

さて、今回は、クリパルヨガでは、ここの部分をどう手法として実践するかという話です。つまり、どうしたら実践者を心身の「エッジ」へ導き、心の盲目的な反応に気づき、そこから自分を自由にしていけるかです。もし、それが可能であるなら、実践者の中にトランスフォメーション(変革)が起きることも十分に考えられます。続きを読む

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 45(2010.2.3発行)より

「ある行為が原因で、次の行為に結果として繋がる」という因果の法則をカルマと呼びます。そして、ちょうど、道路の輪立ちに、たくさんの車が通過すればするほど固くなるように、ある行為が次の認識を生み、さらに新しい行為に繋がるという一連のパターンは、何度も反復される度に強くなり、しだいに似たような境遇に何度もおかれるという体験をします。

ここをもう少し掘り下げると、ある状況に心が反応して次の行為を生むという、心の反応パターンが曲者です。心が決まりきった反応パターンを何度もしていくうちに、そのパターンから外れた認識や行為が難しくなってきます。こうして、私たちの認識する世界観や人生観が形成され、さらに、その固定観念に束縛されていくわけです。続きを読む

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 42(2009.12.2発行)より

本来、カルマとは、いいものでも、悪いものでもありません。それをどう受け止めるかは、非常に個人的で異なるものです。本人がどう受け止めていくかによって、カルマがよくも悪くもなるのです。

例えば、自分がヨガクラスを指導したとします。たまたま、そのクラスには数人しか集まらず、自分の指導法には問題があるのかと思うと、その判断により自信を失い、次のクラスでは、神経質になり過ぎて集中力が欠け、メリハリのない指導になってしまうかもしれません。

現実に起きた体験は、「数人の参加者がいるヨガクラスを指導した」ということであって、それ以上でも、それ以下でもないはずです。参加者が数人だったことの原因は、指導者のクラスや指導法に対する生徒の評価、クラスの時間や場所、参加した理由、しなかった理由はさまざまでしょう。結果には原因があるとは言え、その原因は無数の要因によって成り立っているので、最終的には、一つだけの要因に絞ることは難しいものです。
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「クリパル・エクスプレス」Vol. 40(2009.11.2発行)より

今回から、カルマについて考えてみます。

カルマという言葉には、そもそも行為という意味があります。一つの行為によってある体験をすると、その体験から一つの認識が生じます。この認識の仕方が、また、新たな行為に繋がるというわけです。この行為と認識が、お互いに原因と結果になる法則をカルマと呼びます。

つまり、カルマとは、すべてのことには、原因があり、結果があるという因果の法則のことです。水の中では、重い物は沈み、軽い物は浮かぶという自然現象があるように、人生にはカルマという自然の摂理があるのです。

一般的に、私たちが苦難に出会ったり、幸運に恵まれると、過去の行い、カルマによるものだとする見方があります。因果の法則により、すべての出来事には原因があるとは言え、不幸な目に会っている人に「行いが悪いからだ」などと断定的な判断をすることはとても危険なことです。

また、結果に対する原因は、無数の要素が絡んでいることが多いので、一つだけを原因として特定することは不可能に近いことです。自分のおかれた境遇において、その原因はどこにあるのかと謙虚に探求する姿勢は大切であっても、その原因は最終的に分からなくてもいいことだと思います。早急に決めつけることは、事実を歪めてしまうことにもなるからです。(続く)

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 38(2009.10.1発行)より

ヨガ(=繋がること)とは、さまざまな関係性の中で生きて出会う現実に対して、自ら「関わろう」という主体的な意志と、その体験に対して「受けとめよう」というオープンな心の安定や信頼を育む道のりだと思う。

クリパルヨガでいうステージ1の強い意志によって立ち向かうコミットがあって、初めてステージ2から3の心をオープンにしてプラーナ・エネルギーを受け入れる準備ができる。

そして、ステージ3のテーマである「委ねる」という体験には、まず心が「オープン」であること。そのためにはリラックスしていること。リラックスした空間があるから、起きていることをしっかりと感じ取り、観ていられる。さらに「受け入れる」こと。

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 36(2009.9.1発行)より

ゲシュタルトセラピーという心理療法の創始者フレデリック・パールズは「退屈とは集中力の欠如した状態だ」と述べている。

物事に興味が湧かず、つまらなくて、何が面白いのか理解できないで退屈することがある。自分にとっての高校時代は、無気力・無関心が蔓延る退屈な日々だった。注意散漫で集中しないから、何をしても物事の表面ばかりしか見えず、その奥にある面白さが分からない。周囲が無味乾燥したものに映るだけ、そのこととの関わりが薄れ、いつも孤独感を味わっていた。

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 34(2009.8.1発行)より

現実は「今」起きている。その現実と繋がるには、自分が「今」にいる必要がある。しかし、それができないのは、注意散漫で「今」に集中できない心のあり方が妨げになっているからだ。

「今」に心を集中させること。これがヨガで最初にしようとしていること。体を動かし、ほぐし、エネルギーを流す。時には大きく、時には小さく。呼吸の流れる場所を限定し、量を変え、均等にする。時には速く、時にはゆっくりと。これらすべてのヨガの行法は、「今」に心を集中させるツールだ。(この具体的な話はいずれ取り上げる予定。)

しかし、それらの行法やツールをどんなによく知り、使えるようにしても、心が集中しないときがある。小手先のツールよりも大切で必要なことがある。それは、心の態度、つまり、心構えのこと。
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「クリパル・エクスプレス」Vol. 32(2009.7.1発行)より

ヨガという言葉の意味でもあり目的でもある「結合」とは、つまり繋がるということで、そのために、まず、自分が「今」にいる必要がある。なぜなら、すべての現実は「今」に存在しているからだという話をした。

ところが、現実はこれがなかなか難しい。本来、すべてのものは有機的に繋がっていながら、それを実感できないでいる。ヨガでは、この世界で人間が体験することはすべてマーヤ(幻影)だという。それほどに、現実と人間の心の中で感じていることや思っていることとの間に大きなギャップがあるというのだろう。

すべてがバラバラに見えてしまうこの世界がいけないのではなく、その奥にすべてが一つに繋がっているというリアリティを実感できないでいる、私たちの心の性質を気づきなさいといっているのだと思う。

では、心の何がその障害となっているのか?続きを読む

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「クリパル・エクスプレス」Vol. 31(2009.6.16発行)より

前回に続いてヨガという言葉の意味であり、また、その目的でもある結合、つまり繋がるということについて触れてみたい。

例えば、人間と自然との繋がり。私たち人間は、自然界の一部であって、そもそも自然とはいつも繋がっているのに、それを実感できないでいることが多い。科学的に、すべてのものは有機的に繋がっているのが現実(リアリティ)なのに、その実感がもてないでいる。このようなことは、人間と自然の関係だけでなく、親子、夫婦、先生と生徒、上司と部下など、あらゆる関係性の中で起きることだ。

本来、すべてのものと一体でありながら、私たち人間は孤立感を抱いて苦しんでいる。その孤立感や苦しみから自分を解放して、本来の私たちの姿である、「すべてはひとつ」という繋がりを、体験レベルで理解しようとするのがヨガだと思う。

では、どうしたらいいのか?
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「クリパル・エクスプレス」Vol. 30(2009.6.1発行)より

ヨガには、融合とか結合という意味があるが、では何と何の融合なのか?心と体、神と私、自然と人間、etc.。いろいろな組み合わせが考えられるだろうが、いくつかのものが繋がっている状態そのものがヨガであるとも言えるだろう。では、どう繋がっているのか、また、どうしたら繋がれるのか?物や人と繋がることが希薄になっていると言われている現在、自然、社会、家族、様々な環境の中での、関係性や関わり合い、ボクたちの抱えるほとんどの問題はこの関係性から来ている。

結合という意味のヨガの実践が、この関わり方や繋がる方法を教えてくれるものであるなら、それはボクたち現代人にとっても非常に重要なツールとなるだろう。ヨガをしている自分にとって興味があるのは、まさにその繋がり方の部分だ。次回は、ヨガと繋がるということについて触れてみたい。
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