「クリパル・エクスプレス」Vol. 46(2010.2.27発行)より

2006年に公開されたピクサーのゴールデングローブ賞最優秀アニメーション受賞映画『カーズ』(Cars)が、最近、我家全員を虜にしている。

主人公は、ピストン・カップを争うシーズンの最終レースで、初の新人チャンピオンを狙うライトニング・マックィーン。自信過剰で身勝手な行動が周囲から反感を買い友人や仲間がいない。カリフォルニアへ移動中にルート66沿いの田舎町に迷い込み、心優しい住人達と触れ合う中で、スピードやかっこ良さだけでなく、人を思いやり力を合わせて生きていくことの大切さなどに気づいていくというもの。

その中のワンシーンで、こんなことが語られている。

「かつて道路は自然の景観に沿って作られていた。しかし、今は、たった10分短縮するために山や渓谷が削られた、、、まっすぐに走るハイウェーに車は流れ、昔の街道沿いの町並みは見捨てられてしまった。今は、楽しみに行く為にドライブしている。昔は楽しみながらドライブしていた、、、」
この最後の2つのセンテンスにヨガを当てはめてみると面白い。

「楽しむためにヨガをしている」vs「楽しみながらヨガをしている」

また、楽しむをリラックスで置き換えるとさらに面白い。

「リラックスするためにヨガをしている」vs「リラックスしながらヨガをしている」

一方は、目的と手段とが互いに未来と現在との時間軸でかけ離れている。もう一方は、今行っている行動の中に目的と手段が共存している。この異なった世界観では、2つの正反対の体験とまったく違った結末が生まれるだろう。だから、ボクたちはヨガをする前に、「ヨガをしてどうしたいの?」と、自分の意図を尋ねる必要がある。この自問そのものが、すでにヨガの始まりだ。

生活を豊かにする手段であった交通や伝達の手段も、現代社会の中で便利さや成果だけが優先され、移動したり、コミュニケートすること自体の喜びが少なくなっている。

そう言えば、大人になると美味しいものでさえ、その味を楽しむことをしなくなる。まるで、食べ終えるために体に放り込んでいるかのように。手の中で食べ物をグニャグニャにしながらも、体全身でその感触を味わっている小さな子供に「奇麗に食べなさい!」「早く食べなさい!」と言うことは極力慎みたい。