「クリパル・エクスプレス」Vol. 42(2009.12.2発行)より

本来、カルマとは、いいものでも、悪いものでもありません。それをどう受け止めるかは、非常に個人的で異なるものです。本人がどう受け止めていくかによって、カルマがよくも悪くもなるのです。

例えば、自分がヨガクラスを指導したとします。たまたま、そのクラスには数人しか集まらず、自分の指導法には問題があるのかと思うと、その判断により自信を失い、次のクラスでは、神経質になり過ぎて集中力が欠け、メリハリのない指導になってしまうかもしれません。

現実に起きた体験は、「数人の参加者がいるヨガクラスを指導した」ということであって、それ以上でも、それ以下でもないはずです。参加者が数人だったことの原因は、指導者のクラスや指導法に対する生徒の評価、クラスの時間や場所、参加した理由、しなかった理由はさまざまでしょう。結果には原因があるとは言え、その原因は無数の要因によって成り立っているので、最終的には、一つだけの要因に絞ることは難しいものです。
さらに、参加者が「数人しか来なくてダメだった」と解釈・評価するか、それとも「数人でも来てくれてよかった」と解釈・評価するかは、人によっても、また、自分自身のその時の心身の状態によっても異なり、その認識が生む行為もまた異なります。

自分の行為をどう解釈・評価するかという認識の仕方が原因となって、さらに次の行動が結果として決まってきます。「ダメだった」と認識して不安を抱きながら次のクラスに挑めば、参加者も不安や緊張を察して、落ち着かずに次回からは来なくなるかもしれません。逆に、「よかった」と認識すれば、さらに参加者と共に集中してメリハリのあるクラスができて、また参加してくれるかもしれません。(続く)