「クリパル・エクスプレス」Vol. 32(2009.7.1発行)より

ヨガという言葉の意味でもあり目的でもある「結合」とは、つまり繋がるということで、そのために、まず、自分が「今」にいる必要がある。なぜなら、すべての現実は「今」に存在しているからだという話をした。

ところが、現実はこれがなかなか難しい。本来、すべてのものは有機的に繋がっていながら、それを実感できないでいる。ヨガでは、この世界で人間が体験することはすべてマーヤ(幻影)だという。それほどに、現実と人間の心の中で感じていることや思っていることとの間に大きなギャップがあるというのだろう。

すべてがバラバラに見えてしまうこの世界がいけないのではなく、その奥にすべてが一つに繋がっているというリアリティを実感できないでいる、私たちの心の性質を気づきなさいといっているのだと思う。

では、心の何がその障害となっているのか?
心は、「今」に留まることが非常に難しく、注意が散漫だということだろう。四六時中、過去や未来のことばかり考えて空想の世界にいて、すべての現実が存在する「今」には、なかなか注意を向けられない。

ヨガのポーズをとっていても、両手で両足をつかめた柔らかかった過去の自分の体を思い浮かべたり、力強く一本足で上半身を支えているであろう未来の自分の体を想像しながら、ポーズを体験している。心は過去か未来に流れてしまい、今、体で起きていることをあるがままに観ることができない。

私たちの体を含めて自然界の現象は、「今」にしか起きていない。それと繋がるには、自分も「今」にいる必要がある。問題は、この体を過去からでも未来からでもなく、どう体験していったらいいのかということになる。(続く)